Alva Aalto の決断

こんにちは、

こちらの季節、冬繋がりで。一昨年の12月にフィンランドに行く事があり、Alva Aalto の自宅とスタジオを見る機会がありました。

Aaltoは38歳でこの自宅をたてています。経済的には苦しいときだったけど大きなリスクを負って。

彼はこの自宅がなければこんなに有名にはなってなかったと思うのです。

 

それまでは、モダニズムの先駆者としてコルビジェなみにモダンな建物を作ってきたけれど、どこかに本当はもっと有機的で自然に近いものを求めていて、自宅でそれを表現したんだと思う。そんなに広くもないのに庭に出るドアが7つもある家。

鹿の角みたいな扉の握手。

マイレア邸のような有機的な部分は少ないけれど、こじんまりとした心地の良い空間。

結局彼は1976年に78歳でなくなるまでここにいたのです。

 

この自邸がきっかけでマイレア邸の仕事が生まれ、2年後には完成している。

施主には十分なお金があってAaltoの美意識を理解して彼の自宅の拡大版を依頼した。

その施主はartekっていう彼の家具を量産するメーカーまで作っちゃった。ちゃんとリスクがチャンスにかわって、彼の作風が産まれたのです。

そしてマイレア邸は住宅建築の傑作となった。今でも財団が大切に保存している。

 

冬至のフィンランドは、10時に日が昇って15時に日が沈む、それも朝焼けのまま夕焼けになって日が沈む。北極も近いんだろうなと感じる高い澄んだ空は、この季節でないと感じられないと思う。

 

だーれも外には居ないけれど、すばらしい季節です。


以下は、彼が50代の時に建てた立派なスタジオ。

 

漆黒という表現がぴったりな夜

kosuke shimada / 嶋田耕介

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